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公開日:2020.10.16
人事・労務パワハラ防止法
弁護士の伊藤崇です。
コロナ禍で生じた事象として、医療従事者やその家族に対する職場でのコロナハラスメント(コロハラ)があげられます。また、マスク不足が社会問題化し、マスクを買い求める消費者が必死のあまりに薬局やスーパーの店員に対して心ない言葉を浴びせるというカスタマーハラスメント(カスハラ)も生じました。
本年6月1日から、大企業を対象としていわゆるパワハラ防止法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)の施行が開始されました(※1、※2)。
コロハラはパワーハラスメント(パワハラ)の一種であり、カスハラについてもパワハラ防止法に基づき策定されたパワハラ防止指針(事業主(※3)が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)で言及がなされています。
そこで、今回は、パワハラ防止法に関する指針の概要をご紹介します。
※1 大企業と中小企業の区別
※2 中小企業への適用は2022年4月から施行される予定です。
※3 事業主とは、個人事業主も含む意味合いで用いられているために、「企業」「法人」と表記されるのではなく「事業主」との表現が用いられたものです。以下では、パワハラ防止指針の表記に倣い、「事業主」との表現を用いています。
1.職場におけるパワハラとは
⑴ 職場におけるパワハラは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるもの、と定義されています。
定義自体は従来通りです。特に重要なのは、上記①から③の要素をすべて満たすものがパワハラに該当する、ということです。
従って、業務上必要かつ相当な範囲内で行われる業務指示や指導はパワハラには該当しません。
⑵ 「職場」の典型例は、オフィス、工場、店舗などの事業場そのものですが、それに限られるわけではありません。
業務を遂行する場所も「職場」に含まれますから、取引先との打ち合わせや納品といった場合の取引先の事業場や業務の移動中の車内や会社主催の懇親会等の場所も「職場」に含まれる場合があります。
⑶ 「労働者」には、正規雇用労働者だけではなく、パートタイム労働者、契約社員、派遣労働者などの非正規雇用労働者も含まれます。
従って、企業は、非正規雇用労働者が被害者となるパワハラについても対処が必要になります。
⑷ 「優越的な関係を背景とした言動」とは、パワハラ被害者がパワハラ加害者に対して抵抗または拒絶できない蓋然性が高い関係を背景として行われるものとされています。
具体例としては、
があげられています。
⑸ 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」とは、業務上必要性がない、または、その態様が相当でないものを指します。
具体的には、
があげられています。
パワハラで悩ましいのは、業務上必要な指導と違法不当なパワハラの線引きですが、この判断要素がもっとも密接に関わってきます。
例えば、ミスや問題行動を起こした社員に対する指導の場面では、ミスや問題行動の内容・程度とそれに対する指導の態様の相関関係が重要な要素になります。
要するに、そのミスに対して、そこまで言う、そこまで叱る、必要があるのか?との視点を持つということです。これとの関係で、指導叱責の時間や回数、大勢の社員の前なのかどうか、などの要素も関わってきます。
⑹ 「労働者の就業環境が害される」とは、パワハラ被害者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、パワハラ被害者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
これは、「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断されます。セクハラの場合には被害者個人の感じ方を基準とするのとは違っていますので注意が必要です。
⑺ パワハラ防止指針では、以上に該当するパワハラの具体例として、以下の6類型があげられています。これも従来からよく言われていた類型と同じです。
注意が必要なのは、以下の6類型は「限定列挙」ではないということです。6類型に形式的にはあてはまらないものでもパワハラが成立する場合はありますので、パワハラ相談においては6類型に限定することなく広く相談に応じることが必要になります。
2.事業主が職場におけるパワハラに関し雇用管理上講ずべき措置の内容【義務化された事項】
事業主は、職場におけるパワハラ防止のために雇用管理上以下の⑴から⑷の措置を講じる義務が課されました。
⑴ 方針等の明確化及びその周知・啓発
事業主は、職場におけるパワハラに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発の措置として、以下のⅰ、ⅱの措置を講じる必要があります。
以上の2つの措置の具体的方法としては、就業規則やハラスメント防止規定などの社内規則を定め、あわせて、社内で研修・講習等を実施して自社のパワハラに関する方針を周知・啓発することが適切であると考えます。
⑵ 相談・苦情(以下「相談」)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
事業主は、労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、以下のⅰ、ⅱの措置を講じる必要があります。
相談窓口の設定としては、最低限、相談対応にあたる担当者を決定する必要があります。また、外部弁護士などの外部機関に相談対応を委任することでも相談窓口の設定になります。
また、「担当者が適切に相談に対応できるようにすること」も義務付けられていますから、単に担当者を決定すればOKというわけではありません。社内に相談窓口を開設する場合には、担当者にパワハラ防止法やパワハラ防止指針、パワハラ相談を受けた場合の対応についての研修を受けさせることを推奨します。
⑶ 職場におけるパワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
パワハラ相談があった場合には、事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として、以下のⅰ~ⅳの措置を講じる必要があります。
相談窓口にパワハラ相談があった場合には、相談窓口担当者等が相談者や加害者とされる者の双方から事実関係を迅速に確認する必要があります。担当者としては、担当者の不適切な対応が相談者をさらに傷つける二次被害を生じさせないように相談者の状況に配慮することが必要です。
相談者と加害者の言い分が食い違う場合には第三者からのヒアリングが必要になる場合もあります。
調査の結果、パワハラが確認された場合には、被害者と加害者を引き離すための配置転換や被害者の労働条件上の不利益の回復、産業医等によるメンタルヘルス不調への相談対応などの措置を速やかに講じる必要があります。
私見ではありますが、加害者から被害者に対する謝罪や両者の関係改善の援助については慎重を期すべきと考えます。表面上の謝罪は被害者の心情をさらに悪化させる恐れもありますし、表面上はパワハラが解決したとの体になりますが、実際にはパワハラが解決しておらず、さらに深刻化、巧妙化する恐れがあるからです。
また、調査の結果、パワハラが確認された場合には、パワハラ加害者に対して、就業規則その他の規則に基づき懲戒処分に付すなどの措置を講じる必要があります。
パワハラ防止指針では、パワハラ被害者に対する措置は「速やかに」行うことが明文化されていますが、パワハラ加害者に対してはそのような文言はありません。
従って、パワハラが確認された場合には、企業としてはまずパワハラ被害者に対する配慮の措置を先行させ、その後にパワハラ加害者に対する処分を行う、ということになります。
さらに、企業としては再発防止策を講じる必要もあります。ここで極めて重要なのが、パワハラ防止指針では、パワハラが確認できなかった場合にも再発防止策を講じることが求められている点です。パワハラ相談の都度、再発防止策を講じるということは非現実的ですから、定期的に社内に向けてパワハラに関する方針の周知・啓発の措置を講じるべきと言えます。
また、調査の結果、パワハラが確認された場合には臨時にパワハラに関する方針を社内にアナウンスするなどの臨機応変の対応が必要になります。
⑷ 上記⑴から⑶までの措置と併せて講ずべき措置
上記⑴から⑶までの措置と併せて以下のⅰ、ⅱの措置を講じる必要があります。
パワハラ相談にあたっては、プライバシー保護は必須の要請です。
相談者のプライバシー保護はイメージしやすいですが、加害者とされた者へのプライバシー保護もおろそかにしてはなりません。パワハラ相談があったからといってパワハラの事実が確認されたわけではないからです。事実確認にあたるパワハラ相談窓口の担当者はプライバシー保護の意識を持つ必要があります。
また、人事異動により相談窓口の担当者は変更になることが想定されますから、プライバシー保護の点が担当者の経験の長短等で左右されることがないように、プライバシー保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口担当者はそのマニュアルに沿って対応する、とすることが適切と考えます。
また、パワハラ相談をしたことを理由として不利益な取り扱いを受けない旨を就業規則やハラスメント防止規定に定め、労働者に周知・啓発することが求められます。
パワハラが禁止されることやパワハラが懲戒処分の対象になることの明確化は前記⑴でも求められていることですから、就業規則やハラスメント防止規定に不利益取扱の禁止条項もあわせて規定し、パワハラが禁止されていることの社内周知とあわせて周知をするのが効率的です。その際には、周知・啓発の効果向上のために研修・講習という形式で行うことも検討すべきでしょう。
3.事業主が行うことが望ましい事項【義務化されてはいない事項】
2項で述べた事項はパワハラ防止法により事業主に義務化された事項です。本項で以下述べるのは、パワハラ防止指針において、事業主が行うことが「望ましい」とされた事項であり、義務化まではされていません。この項目でカスハラについて言及されています。
⑴ ハラスメント相談窓口の一元化
職場におけるパワハラ防止のための相談窓口の設置にあたっては、他のハラスメント(セクハラ、マタハラなど)相談にも対応できるよう一元的に相談に応じることのできる体制を整備することが望ましい、とされています。
⑵ 職場におけるパワハラの原因や背景となる要因解消のための取り組み
具体的な内容として、ⅰコミュニケーションの活性化や円滑化のために定期的な面談やミーティング、アンガーマネジメント等の感情コントロールに関する研修等の必要な取組を行うこと、ⅱ適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取り組みの2つがあげられています。
職場におけるパワハラの発生の原因や背景にはコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題が強く関連します。また、営利を目的とした企業である以上、業務目標(ノルマ)を設定すること自体は当然許容されるものですが、さりとてノルマの達成をめぐってつい指導叱責が熱を帯びすぎてしまいパワハラになってしまった、というケースも多く存在するところです。
コロナ禍により一気に普及したテレワークですが、コミュニケーション・成果の双方でコロナ以前の常識が通用しない状況になっています。同じ職場で働き、働いている様子も確認できたコロナ以前と比べて、テレワークは働いている様子は実際には確認できません。かといって、WEBカメラを常時接続しっぱなしにする、ということは勤務時間中ずっと監視されているのと同じですから新しいパワハラになりかねません。
コミュニケーションの活性化や円滑化、適正な業務目標の設定についてはコロナ禍にある現状も踏まえて創意工夫が求められているものと思います。
⑶ 自社の労働者以外の者に対するパワハラ防止の取り組み
事業主は、事業主自らや自社で雇用する労働者が、自社の労働者以外の者に対してもパワハラを行わないよう取り組むことが望ましいとされています。2項で述べた内容は、自社内でのパワハラを対象にしたものですが、ここで述べる内容は、事業主自らや自社の労働者が社外の者に対してパワハラをしないよう防止の取り組みを行うことが望ましい、というものです。また、この内容は自社がパワハラ加害者にならないよう防止の取り組みを行うのが望ましいとするものです。
前置きが長くなりましたが、具体的な取り組みとしては、ⅰ社内でパワハラ禁止の方針を明確化する際に、自社の労働者以外の者に対する言動についてもパワハラが禁止される旨の方針を併せて示すこと、ⅱ自社の労働者以外の者から職場におけるパワハラに類する相談がなされた場合には、自社内でパワハラ相談があった場合を参考にしつつ必要に応じて適切な対応を行うように努めること、があげられています。
⑷ 他社の労働者等からのパワハラ被害に遭った場合や顧客等からの著しい迷惑行為に遭った場合に事業主が行うことが望ましい取り組み
これは自社の労働者が、他社の労働者等(例えば取引先の担当者など)からパワハラ被害に遭った場合や、顧客等からの著しい迷惑行為に遭った場合に、企業がパワハラ被害に遭った自社の労働者のために取り組むのが望ましい内容です。
「顧客等からの著しい迷惑行為」というのが、いわゆる「カスタマーハラスメント」「カスハラ」を指しています。著しい迷惑行為の具体例ですが、暴行・脅迫・ひどい暴言や著しく不当な要求があげられています。
取り組みの内容として具体的にあげられているものは以下のⅰ~ⅲです。
ご不明な点などがございましたら随時ご相談いただければと存じます。
以上
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