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弁護士コラム
Column
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公開日:2020.11.20
企業法務新型コロナウィルスの企業法務対応(従業員の労務管理)
弁護士の伊藤崇です。
新型コロナウィルスの第3波到来の様相を呈してきました。
今回は、新型コロナウィルスに関連する企業法務の問題の内、特に従業員の労務管理について取り上げています。
本稿は令和2年11月時点の状況を踏まえ、個人的な見解も交えて述べているものです。
この点をご理解いただきまして実務対応の一助としていただきましたら幸いです。
1.平時の対応
⑴ 従業員に対する安全配慮義務
企業は従業員に対する安全配慮義務を負担しています。
新型コロナウィルスとの関係では、従業員の感染予防に配慮することが安全配慮義務の内容になると考えられます。
具体的には、
といった対応を講じる必要があると考えます。
ⅰ 新型コロナウィルス患者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者
ⅱ 適切な感染防護無しに新型コロナウィルス患者を診察、看護もしくは介護していた者
ⅲ 新型コロナウィルス患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者
ⅳ 手で触れることのできる距離(目安として1メートル)で、必要な感染予防策(飛沫感染予防として 患者が適切にマスクを着用していること、接触感染予防として患者が接触者との面会前に適切に手指消毒が行われていること)なしで、新型コロナウィルス患者と15分以上の接触があった者
※1、※2の定義は国立感染研究所感染症疫学センターの令和2年5月29日時点のもの。
⑵ 企業は従業員の感染予防のためにどこまですべきなのか
⑴で述べたように企業は従業員に対する安全配慮義務を負いますが、それは企業に不可能や困難なことまで強いるものではありません。また、「感染させない」という結果の保障まで求めるものでもありません。
自社の規模や業種等の実情に応じて従業員の感染予防のために何ができて、何はできないか、という視点で検討していくことが重要です。
企業としては、新型コロナウィルス患者や濃厚接触者と従業員との接触の機会をできる限り減らすことが何より重要な対処です。
自社の従業員が新型コロナウィルスへの感染が疑われるような場合や体調不良の場合には、無理に出勤をさせずに休暇(病欠ないしは有給休暇)の取得を推奨することが重要です。
仮に当該従業員が出勤を強く希望する場合、その従業員の症状や置かれている状況次第ではありますが、業務命令として自宅待機や在宅勤務を命じるということも検討を要するものと考えます。
また、マスクの着用とこまめな手指消毒の励行、換気の実施等、日常的な感染予防の取り組みの指示を行うことも適切です。濃厚接触者の定義において「必要な感染予防策」という言葉が用いられており、
その具体的内容として、
・飛沫感染予防として患者が適切にマスクを着用していること
・接触感染予防として患者が接触者との面会前に適切に手指消毒が行われていること
の2点があげられています。
企業の感染予防のための取組みとして参考にすべきでしょう。
勤務形態(働き方)という視点から考えるとどうでしょうか。
従業員同士の職場での接触を回避できる在宅勤務(テレワーク)が優れていると言えます。地方自治体がテレワーク設備の導入等に補助金を出すなどしていますので、本年3月や4月の時点と比較すると中小企業であってもテレワークを導入しやすい環境になってきてはいます。
ただ、在京の大企業のように社員の大部分についてテレワークに移行させるということは困難な企業も多数であるように思います。こうした企業の場合には、従業員の出社比率を設定し、従業員の内、一部については出社して勤務、残りの社員についてはテレワークにする、といったような工夫をするのが適切でしょう。
また、新型コロナウィルスの感染拡大の程度によっては出社比率の引き下げなどを検討する必要もあるように思います。
また、時差出勤(フレックスタイム制を導入している企業ではコアタイム途中での出勤)は、勤務自体は従前どおりの職場で行われる、就業規則に始終業時刻の変更に関する規定があればそれを根拠に、そうした規定がないのであれば従業員との個別合意をすることで実施可能、という点においてテレワークよりは導入が容易であろうと思われます。
テレワークや時差出勤などを組み合わせて柔軟に対応していくことが望ましいと考えます。
設備の導入という視点から考えるとどうでしょうか。
不特定多数人と接する窓口やレジ等でアクリル板やビニールシートを設置することはむしろ普通になってきているように思います。
顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務(例えば小売業の販売業務)に従業員を従事させる業態の場合には、従業員が新型コロナウィルスに感染した場合、感染経路が特定されなくても労災になる場合があります。従って、顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務(小売業の販売業務や、バス・タクシー等の運送業務、育児サービス業務等)に従業員を従事させる業態の場合には感染予防のための設備導入は安全配慮義務の内容を構成すると判断される可能性が高いように思います。
医療機関や顧客等との近接や接触の機会が多い業種以外の業種に属する企業において、こうした感染予防のための設備導入が義務か?と問われると判断に迷うところではありますが、設置費用の多寡や同業他社の設置状況からして安全配慮義務の内容に含まれると解釈される余地はあるように思われます。
また、自社から新型コロナウィルス患者が出た場合の悪影響を考慮すると設置費用が安価であれば設備は導入しておいた方が無難であると考えます。
業種別の対応という視点も必要です。
企業の対応は業種によっても求められる内容が様々です。
業種別にガイドラインが策定されていますので、それを参考にする必要もあるでしょう。
なお、自社の従業員から新型コロナウィルス患者や濃厚接触者が出たことが判明したにもかかわらず特段の対策を講じなかったということになると安全配慮義務違反を問われる可能性が大きいと考えます。
⑶ 従業員のプライベート領域への介入
企業主催の会食、会合やイベント、出張等については使用者に決定権がありますから禁止や開催にあたっての条件付けをすることは可能です。
例えば、会食については、人数制限を設ける(例:4人以内)、時間制限を設ける(例:2時間以内)、軒数制限を設ける(例:原則1軒とする)、終了時間を設定する(例:22時終了)、会食中の行動規範を設ける(例:着席時にはなるべく対面を避ける、お酌を避ける、大声は出さないなど)といったルール設定をするのが適切であると考えます。
これに対して、従業員のプライベートの旅行、イベント等への参加を企業が「禁止」することはできないでしょう。
「Go toトラベル」「Go toイート」といった政府の施策が実施されているところでもあり、これから忘年会シーズンや年末年始シーズンを迎え、人の移動や交流が増える時期でもありますが、企業としては、従業員個人の健康維持や他の従業員への感染予防を目的として従業員のプライベート領域の行動について従業員に対して「自粛」や「節度ある行動」を要請する、ということになります。
但し、こうした要請に反して従業員がプライベート領域の行動をした結果、新型コロナウィルスに感染したからといって懲戒処分の対象になるかというと、もともとプライベート領域での行動を企業が禁止することはできませんから懲戒処分の対象にはならない、と考えます。
2.社内で新型コロナウィルス患者、濃厚接触者等が出た場合の対応
⑴ 初動対応
初動対応は、社内感染を極力防止する、ということになります。
具体的には、
を行う必要もあるものと考えます。
上記①に関連してですが、新型コロナウィルス患者は感染症法によって就業が制限されますので、出勤することはできません。濃厚接触者については保健所等の指示に従って一定期間出勤を停止させることになります。
従業員のうち、誰が濃厚接触者に該当するかの認定は一企業で判断できる範疇を超えています。保健所の調査に協力し、保健所の濃厚接触者の認定に従うことが現実的な対応でしょう。
また、上記④の消毒についても消毒の方法や消毒が必要となる場所については保健所の指示に従うのが現実的な対応でしょう。
新型コロナウィルス患者が発生した事業場自体を一定期間閉鎖する必要があるか否かについてはその事業場がオフィス等の間接部門なのか工場や販売店舗などの製造部門・販売部門なのかといった事業場の性質や風評被害リスク等を踏まえてケースバイケースで判断していかざるを得ないように思います。
⑵ 労災に該当するか、治療費等を負担する義務があるか
業務に起因して新型コロナウィルスに感染した場合には労災に該当します。
業務起因性が求められる点は通常の労災と同様です。
但し、感染経路の特定は労災認定の必須の要件とはされていません。
業態ごとに感染の蓋然性の程度を考慮し、業務により感染した蓋然性が高い場合には労災認定がなされる場合があります。
例えば、患者の診療、看護、介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等が新型コロナウィルスに感染した場合には業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災認定がなされます。
また、顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務(小売業の販売業務、バス・タクシー等の運送業務、育児サービス等)に従事する場合には業務による感染の蓋然性が高いとされ労災認定がなされる可能性があります。
また、同一の事業場から2人以上の新型コロナウィルス患者が確認された場合も業務に起因して新型コロナウィルスに感染した蓋然性が高いとされています。この基準は自社の業態を問いませんので注意が必要です。
とはいえ、自社の業務に従事していた従業員が新型コロナウィルスに感染したとしてもそのことだけから直ちに労災に該当するものではありません。これは自社の業務として出張や会合に参加していた場合も同様です。
新型コロナウィルス患者の治療費等についても同様の考えから原則的には企業には支払義務はないものと考えます。
但し、社内で新型コロナウィルス患者や濃厚接触者の存在が判明した場合に適切な初動対応を怠ったことにより感染が拡大した場合の2次感染者については労災認定がなされる可能性も高く、こうした場合には従業員に対する安全配慮義務違反を理由として企業の損害賠償義務が認められるケースも出てくると考えます。
⑶ 従業員に対して出勤停止を命じた場合の給与について
この点については次項で述べます。
3.出勤停止を命じた場合の給与について
⑴ 新型コロナウィルス患者について
感染症法によって就業が制限されますので、休業期間中の給与も休業手当(平均賃金の60%)も支払う必要はありません。
⑵ 濃厚接触者(症状あり)
濃厚接触者と認定されており、発熱等の症状が出ているケースで休業させた場合、⑷で述べるのと同様に休業期間中の給与や休業手当の支払は不要と考えます。
但し、この点については、厚労省からは、休業手当を支払う必要がある、との見解も示されており、見解は一致していないところです。
なお、在宅勤務を命じて在宅での労務提供を受けた場合には休業手当ではなく通常の給与を支払う必要があります。
⑶ 濃厚接触者(症状なし)
濃厚接触者と認定されたが発熱等の症状が出ていないケースでは、当該従業員は労務提供は一応可能な状態にあると言えます。従って、このケースに該当する従業員に休業を命じた場合には休業手当の支払が必要になると考えるのが原則です。
但し、名古屋市においては「新型コロナウィルス感染症の感染拡大を全市一丸となって防止するための条例」が制定施行されています。
この条例では、市長が新型コロナウィルスに感染していると疑うに足りる正当な理由のある者に対し一定期間の自宅からの外出自粛要請をすることができ、該当者を雇用する事業者は当該要請が円滑に行われるために必要な措置を講ずる努力義務が課されています。
濃厚接触者は当該条例でいう「新型コロナウィルスに感染していると疑うに足りる正当な理由のある者」に該当すると考えられます。
また、外出自粛要請を円滑に実施するために事業者が行うべき最たる内容は、該当者の出勤停止ということになりますから、新型コロナウィルス患者の感染症法と同じように考え、濃厚接触者が名古屋市民の場合には休業手当の支払を不要とすることも検討すべきと考えます。
但し、休業手当の支払が必要になるとの見解もあるところであり、見解が一致していないことをご留意いただければと思います。
なお、在宅勤務を命じて在宅での労務提供を受けた場合には休業手当ではなく通常の給与を支払う必要があります。
⑷ 発熱等の症状があり感染が疑われる従業員について
風邪の症状や37.5度以上の発熱(体温が37.5度以上の場合は、一般に発熱とみなされますが、発熱は平熱との関係でも判断する必要があります。)が4日以上続く場合、倦怠感(強いだるさ)や呼吸困難(息苦しさ)がある場合等であって、帰国者・接触者相談センターへの相談目安に至っている状態であり、感染が疑われる従業員に対しては、休業期間中の給与や休業手当の支払は不要と考えます。
この点については、厚労省から、上記状態にあっても職務の継続が可能な従業員について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、休業手当を支払う必要がある、との見解が示されています。
しかし、37.5度以上の発熱や倦怠感・呼吸困難があるような場合には健康状態に比べて労務提供の質が落ちることは明らかで、健康状態の場合と同程度の労務提供を行うことは不可能と考えるのが妥当でしょう。従って、こうした場合も通常の病欠として取り扱い、休業期間中の給与も休業手当の支払も不要と考えます。
なお、このような場合であっても従業員から有給休暇の取得の申請があった場合には有給休暇として取り扱う必要があります。
4.就業制限の解除と検査結果の証明の提出について
⑴ 就業制限の解除の基準について
新型コロナウィルス患者については、発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後72時間経過した場合には就業制限が解除されます。
無症状病原体保有者については、陽性確定に係る検体採取日から10日間経過した場合には就業制限が解除されます。
いずれについても就業制限の解除については、医療保険関係者による健康状態の確認を経て行われます。
⑵ 陰性証明の提出を求められるか
新型コロナウィルス患者については、医療保険関係者による健康状態の確認を経て、退院や自宅療養等を終えて就業制限が解除されますので、勤務再開にあたって勤務先に陰性証明を提出する必要はないとされています。
従って、企業側から陰性証明の提出を求める場合には当該従業員の同意を得るとともに陰性証明のためのPCR検査の費用は企業側が負担する必要があります。
以上
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