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Column
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公開日:2021.9.15
人事・労務新型コロナウィルスの労務管理(ワクチン接種等のアンケート調査・社員の感染が判明した場合の初動対応)
弁護士法人PROの伊藤崇です。
本年7月、8月の新型コロナウィルスの再度の感染拡大以降、顧問先企業様から、新型コロナウィルス関係の御相談が増えています。
また、現在の政府方針では、「ワクチン・検査パッケージ(※)」を活用して行動制限の緩和をしていく方向性であることが窺われます。
ワクチン接種には色々な考えがあるところですが、今後の企業活動や労務管理、日常生活を考えるうえでワクチン接種は切り離せない存在であろうと思われます。
※ワクチン・検査パッケージ:ワクチン接種歴及びPCR等の検査結果を基に、個人が他者に二次感染させるリスクが低いことを示す仕組み
そこで今回は、社員に対するワクチン接種状況のアンケートの実施の可否について取り上げるとともに、社員の感染が判明した場合の初動対応の概要について取り上げています。
本稿は令和3年9月時点の状況を踏まえ、個人的な見解も交えて述べているものです。
この点をご理解いただきまして実務対応の一助としていただきましたら幸いです。
1.社員に対するワクチン接種状況のアンケートの実施の可否
⑴ ワクチン接種状況のアンケートの実施の可否
アンケートへの回答が【任意】であれば実施することは可能です。
ここでいう「回答が任意」というのは、そもそもアンケートに回答するかしないか、アンケートに回答するとした場合でも設問の全部に回答する必要はない(=一部への回答も可)、とする必要があると考えます。
では、ワクチン接種状況のアンケートに対する回答を強制することはできるでしょうか。これを労務管理に置き換えて考えると、会社から社員に対して【業務命令】としてアンケートへの回答を命じることができるか、と置き換えることになります。
これについては、会社から社員に対して【業務命令】としてワクチン接種状況のアンケートに回答することを命じることはできない、と考えます。
ワクチン接種状況については、個人情報保護法が定める要配慮個人情報に該当し得るものです。
そして、個人情報保護法上では、要配慮個人情報は原則として本人の同意がない限り取得することはできないとされています(個人情報保護法第17条2項)。
従って、要配慮個人情報に該当し得るワクチン接種状況について、会社が社員から情報を得ようとする場合には社員本人の同意を要する(=アンケートへの回答は任意とする必要がある)ものと考えるのが妥当であり、社員本人の同意がないのに回答を命じることはできない、と考えます。
ワクチン接種は国策として進められていますし、政府からは、ワクチンには重症化及び死亡予防効果と発症予防効果が一定程度認められる旨が公表されています。
新型コロナウィルスの感染拡大により企業活動に大きな影響が出ていること、従業員に対する安全配慮義務の履行のために感染拡大防止の措置を講じることが求められていること等を考慮すると、社員のワクチン接種状況を把握しておきたいという会社側の要請は無理からぬものと思います。
他方で、ワクチン接種自体はあくまで任意です。強制されるものではありません。
ワクチン・検査パッケージについても、政府からは国民的議論により方向性を決めていくべきとの考えも表明されているように、ワクチン接種による行動制限の緩和に関する議論は成熟していません。
にもかかわらず、ワクチン接種をしたか否か、という情報は、単純化・短絡化され、社内で偏見や差別を招きかねない情報になりかねないと考えます。
現在の状況下においては、ワクチン接種状況について社員に対してアンケートの実施をしようとする場合には、回答が任意であれば実施可能とお考えいただくのが適切です。
⑵ アンケートを実施する場合の注意点
アンケートを実施する場合には以下の点に特に注意をする必要があると考えます。
①アンケート実施の目的【要検討】
②アンケートへの回答を任意とすること
③アンケートに回答をしなくても人事労務上の不利益措置は講じないこと
④アンケートに回答をしても当該回答結果によって人事労務上の不利益措置は講じないこと
⑤アンケートへの回答結果については取扱部署を限定し、厳重に管理すること
⑥アンケートの設問【要検討】
具体的には、①の実施目的と照らして設問の設定が適切な内容になっているか・実施目的に照らして不必要な設問になっていないか、の検討
⑦上記①~⑤についてアンケート文面に明記すること
先に述べたとおり、社員に対するワクチン接種状況のアンケートは、アンケートに対する回答が任意だからこそ実施できるものです。
ただ、任意とはいえども、回答数が少ないとアンケートを実施する意味合いが薄れてしまいますし、会社側としては極力多くの回答を得る必要があるでしょう。
アンケート実施にあたっては、いかにして社員からの理解・協力を得るか、を検討する必要があり、「なぜアンケートを実施する必要があるのか(アンケート実施の必要性)」と「アンケートに対する不安の除去」という2つの視点から検討を進める必要があると考えます。
アンケート実施の必要性との関係で考慮を要するのが、①アンケート実施の目的の検討です。
例えば、今後の社内での感染拡大防止対策に活かしていきたいのか、自社の営業活動を遂行するうえで必要があるのか、といった視点です。逆に、単に抽象的に状況把握をしておきたいだけ、という程度であればそもそもアンケートを実施する意味合いがあるのか疑問になりますし、社員の方からの協力も期待できないように思います。
また、①アンケート実施の目的は、⑥アンケートの設問内容とも関係します。アンケート実施の目的から、設問内容の要否・適否が決まってくるからです。
また、アンケートに対する不安の除去との関係からして、③アンケートに回答をしなくても人事労務上の不利益措置は講じないこと、④アンケートに回答をしても当該回答結果によって人事労務上の不利益措置は講じないこと、は必須です。
また、ワクチン接種状況は要配慮個人情報に該当し得るセンシティブな情報ですから、取扱いは厳重に行われる必要があります。アンケートの回答が杜撰に管理されてしまうということでは、社員の方からすると安心できないでしょうからアンケートには回答しない、となってしまうでしょう。
従って、⑤アンケートへの回答結果については取扱部署を限定し、厳重に管理することも必要になります。
⑥アンケートの設問内容は、アンケート実施の必要性、アンケートに対する不安の除去の双方に関係すると考えます。
ワクチン接種状況に対するアンケートですから、ワクチン接種の有無及びその回数が必要最低限の設問ということになります。
それに加えて、回答者の所属部署・性別・氏名・雇用形態・具体的なワクチン接種日・ワクチン接種未了の場合に今後のワクチン接種に対する意向等を設問に加えるか否かはアンケート実施目的との関係で要否や適否を検討・決定していくことになります。
また、例えば、社内での感染拡大防止対策に活用するためにアンケートを実施するというのであれば、会社が現に実施している感染拡大防止対策についての設問(現在の対策が十分か否か、不十分と思う場合に実施されると望ましい対策についての意見等)を設けるとアンケート実施目的と設問との間に整合性を持たせることができます。
最後に、当然といえば当然ですが、社員の方に上記①~⑤が伝わっていることが適切です。社員に①~⑤が明示されるよう、アンケートの文面に①~⑤を記載するのが端的であり適切と考えます。
2.社員の感染が判明した場合の初動対応の概要
社員の感染が判明した場合の初動対応については、企業ごとにまさにケースバイケースです。
そのため、以下には初動対応として必要になる項目と簡単な説明のみを記載しています。
初動対応を誤ると、社内での感染拡大や、それによる事業活動の停滞や社員からの安全配慮義務違反の責任追及、取引先からの不信を招きかねません。
社員の感染が判明した場合には、顧問弁護士に直ちに連絡をし、情報共有しながら対策を進めていくことを強くお勧めします。
【社員の感染が判明した場合の初動対応の骨子】
① 保健所への報告
感染社員の担当業務内容、勤務状況、症状・経過、発症2日前からの行動履歴、事業所内での座席配置図、他の社員との接触状況や接触者の範囲などが報告すべき項目です。
② 濃厚接触者の確認
濃厚接触者の認定は保健所の指示に従うことになります。
ただ、感染拡大により保健所が逼迫しており、保健所からの連絡に時間を要することもあります。従って、最終的には保健所の判断に従うにしても、ある程度、会社においても判断をする必要があるのが実情です。
一つの判断基準としては、
ⅰ発症2日前から、
ⅱマスクの着用や手指消毒といった必要な感染予防策をせずに、
ⅲ1メートル程度以内の範囲内で、
ⅳ15分以上接触があったか否か、
で判断することです。
*濃厚接触者の定義についてはこちらをご覧ください*
(弁護士コラム「新型コロナウィルスの企業法務対応(従業員の労務管理)」2020年11月20日公開)
③ 消毒措置
事業所内の消毒措置を行います。
保健所の指導に基づいて行えると無難ですが、保健所からの指導がない、遅いことも往々にしてあります。
感染した社員の勤務エリアと共用部分(トイレ、階段、エレベーター、更衣室、休憩室、食堂など)を中心に消毒するのが現実的です。
場合によっては消毒措置に必要な限りで、事業所の閉鎖措置を検討する必要もあります。
④ 他の社員への情報提供
他の社員に対しても感染者が出たことについて周知するとともに、改めて感染拡大防止策の履行を周知する必要があります。
但し、感染したことは一方で当該社員にとっては秘匿したい情報でもありますから、社員の特定に至る情報をどこまでの社員に周知する必要があるか、については慎重な判断を要します。
例えば、事業所が異なり接触の可能性がない他の社員に対しては、感染社員の特定に至る情報提供は不要と考えます。
⑤ 取引先への情報提供
取引先に対しても社員が感染した旨の情報提供をすべきか検討します。
そもそも情報提供すべきか否か、するとしてどこまでの取引先に情報提供するか、たいへん悩ましい検討になります。
例えば、感染社員が発症2日前に訪問した取引先に対しては原則として情報提供する必要があると考えられます。
以上
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