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弁護士コラム
Column
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公開日:2020.8.25
企業法務契約書に押印は必要?
弁護士の伊藤崇です。
緊急事態宣言が全国的に解除され、社会経済活動が徐々に再開、、、、、という矢先に再び新型コロナウィルスの新規感染者数の増加傾向が続いています。
社会経済活動を再開し本格化させることも重要ですし、その一方で新型コロナウィルスの感染拡大防止に努めることも重要です。その両方を追っていかなければならないわけですが、なかなかに両立は簡単ではなさそうです。
いったんテレワークを導入し、感染状況の落ち着きを踏まえて通常勤務に戻された企業も多くあると思いますが、そうした企業の皆様においても今後の状況次第では再びテレワークに移行する必要があるかもしれません。
そこで、今回は、テレワーク移行の支障の一つとされた書類への社印の押印について取り上げたいと思います。
1.政府公表の「押印についてのQ&A」
契約書、合意書、覚書、請求書、納品書、領収書・・・・・・企業間取引においては様々な文書が存在し、そこには社印が押印されていることが通常です。
会社の印鑑は、いわゆる実印の場合には1社にとって1つしか存在せず、実印ではない角印でもあまり多くないことが通常かと思います。そして、これらの印鑑は社外への持ち出しが禁止されていることが通常です。
そのため、各種文書に社印を押印するために出社しなければならず、テレワークへの移行の支障になる、ということがよく聞かれました。
政府もこの点を考慮して、本年6月19日に内閣府・法務省・経済産業省の連名で【押印についてのQ&A】を公表し、政府の見解を表明しました。
【押印についてのQ&A】の一番最初の質問は、
「契約書に押印をしなくても、法律違反にならないか。」であり、
その回答として、
・契約の成立には特段の定めがある場合を除き書面の作成と書面への押印は必要ではない。
・特段の定めがある場合を除き契約にあたり押印をしなくても契約の効力には影響は生じない。
とされており、原則として、契約書に押印がなくても契約の成立や契約の効力には影響は生じないことが公表されました。
2.契約をする際に契約書を作成しないでもよいのか?
【押印についてのQ&A】では、契約の成立には書面の作成は原則不要とされています。
ですが、予防法務の観点からすると、これを額面通りに受け取ることはできません。
契約をする際に、契約書を作成しないでもよいか?とのご質問をいただいた場合には、契約書を作成してください、と必ず回答します。これは今回の【押印についてのQ&A】公表以後も変わりません。予防法務の観点からは契約書の作成は必須です。
なぜでしょうか。
それは、契約書は、【契約の成立】と【契約の内容】を証明する手段になるからです。
A社とB社が売買取引基本契約を締結したとします。
仮に契約書が作成されなかったとしても、担当者同士のメールのやり取りや請求書・納品書等の帳票類、さらには実際の取引実績等から、A社とB社間での【契約の成立】は立証できる場合があります。
では、【契約の内容】はどうでしょうか。
商品の売買単価や数量、商品代金の支払条件は、契約書がなくても、請求書や納品書等の帳票類、実際の支払期日等から立証できる場合があるでしょう。
しかし、最低取引数量、秘密保持義務、契約期間、自動更新条項、解除条項、中途解約・・・・といったその他の契約条件を考えた場合には、契約書がないのに、A社とB社の認識が合致するということはおそらくあり得ないと思います。契約書がなければこれらの契約条件の有無や内容を特定することも困難でしょうし、立証ということになると契約条件を詳細かつ正確に証明することは契約書がない限り不可能であるように思われます。
契約書を作成する意義は、A社とB社間で売買取引基本契約が確かに成立したこと【契約の成立】を証明するとともに、売買取引基本契約の内容【契約の内容】を証明する点にあるわけです。
契約書を作成する意義は、【押印についてのQ&A】公表後も変わることはなく、契約書の作成自体は必須と考えるべきです。このことは働き方が通常勤務であろうがテレワークであろうが変わることはありません。
3.なぜ、契約書に社印を押印するのか?
では、なぜ、契約書に社印を押印する慣習がここまで根付いているのでしょうか。
皆様の中にも、押印のない契約書は無効なのでは、、と不安に思われる方も多いように思います。特に、長年企業において契約実務に携わってこられた方には顕著かと思います。
そこで、まず、契約書になぜ押印がなされるのか、から紐解きたいと思います。
先ほどのA社とB社の売買取引基本契約で考えてみたいと思います。
売買取引基本契約書自体は存在するとします。
契約当事者の記名押印欄は契約書末尾に来ることが通常ですから、そこをイメージしていただきたいのですが、契約当事者の記名押印欄が白紙だった場合、その契約書はA社とB社の売買取引基本契約の成立や契約内容を証明するもの、とは誰も思わないものと思います。また、記名押印欄にB社とC社の記名押印がなされていた場合はどうでしょうか。この場合もその契約書がA社とB社間の契約成立や契約内容を証明する書面であるとは通常思わないでしょう。
至極当たり前の話ですが、A社とB社が契約書に記名押印をして両社がこの契約書を成立させて初めて当該契約書が両者間の売買取引基本契約成立や契約内容を証明する文書になるのです。
このことを【文書の成立の真正】と言います。契約書が契約当事者間(A社とB社)で作成されたことが大前提となって、その上で契約書に基づき契約当事者間の契約内容等を議論する、というように、【文書の成立の真正】と【文書の中身】というように分けて考えているのです。
契約書への社印の押印は、この【文書の成立の真正】に関係しています。
民事訴訟法には「私文書(契約書が典型例です)は本人の押印があるときは真正に成立したものと推定する。」との規定が置かれています。つまり、契約書にA社とB社の社印が押印されているときにはその契約書はA社とB社が作成したもの(両社間で真正に成立したもの)と推定する、とされているのです。
そして、契約当事者間で真正に成立した契約書については、通常は契約書に記載されている通りの内容で契約が成立したと認定されます。
ですから、契約書に社印が押印されている→契約書の成立の真正が推定される→契約書に記載されている通りの内容で契約が成立したことが証明される、とのロジックになり、契約書への社印の押印が必要かつ重要、ということになるわけです。このロジックをもとに日本では契約書への押印の慣習が強固に根付いていったのです。
4.契約書に社印を押印する必要はないのか?
契約書への社印の押印は、契約書の成立の真正のために行われるものです。
ですから、契約書への押印以外の方法によって契約書の成立の真正を証明できれば契約書への押印は必ずしも必要ではない、ということになります。
A社とB社が、ともにこの売買取引基本契約書は押印はなされていないけれども確かにA社とB社間で作成締結したものである、ということを認め合えば契約書への押印は不要ということになります。
とはいえ、口頭だけではやはり万全とは言えませんので、例えば締結対象の契約書のPDFファイルを添付の上でA社からB社に添付PDFファイルの内容で契約をすることに合意するとのメールを送信し、B社からA社に対しても同じPDFファイルを添付してその内容で契約をすることに合意するとのメールをすることで、押印を省いてメール添付のPDFファイルの内容でA社とB社間で契約が成立したことを証明することが考えられます。サーバーの容量や保存期間等の関係でこのメールが削除されてしまわないように注意することは必須です。
また、電子認証サービスのようにA社とB社とは別の中立の第三者によって契約書の締結とその契約内容の認証を受けることによって契約書への押印の代替とすることもできます。
コロナ禍は様々な場面でこれまでの常識の変革を求めてきます。
企業には、従来の常識に捉われることなく、しなやかにwithコロナの時代に適応していくことが今後ますます求められていくものと思います。
私どもも同じくそうした企業の皆様を法務面から全力でバックアップして参ります。
以上
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