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公開日:2025.10.30
企業法務ホームページ制作委託契約書を徹底解説 ― 制作会社と依頼者が押さえるべきポイント
弁護士法人PROの弁護士 伊藤崇です。
デジタル化が進む現代において、Webサイトは単なる会社の案内板ではなく、企業のブランドイメージを形成し、売上を生み出す「デジタル資産」そのものになりました。
しかし、その重要性が高まる一方で、制作会社と依頼者との間で契約内容に関するトラブルが後を絶ちません。
「納品されたサイトがバグだらけで動かない」「当初聞いていなかった追加費用を請求された」「サイトを改修しようとしたら、他社に乗り換えられないことが判明した」――。
これらはすべて、契約書がない、あるいは内容が曖昧だったために起こる典型的な紛争です。
本コラムでは、弁護士の視点から、Webサイト制作の契約において制作会社(受託者)と依頼者(委託者)が安心・安全にプロジェクトを完了させるために、最低限押さえるべき重要ポイントを徹底的に解説します。
契約書は「トラブル時の保険」ではなく、「成功のための道しるべ」です。
1.契約の性質と適用される法律
(1)契約の性質:請負契約と準委任契約の混在
ホームページ制作委託契約は、通常、主に「請負契約」と「準委任契約」の性質を併せ持っています。
請負契約(民法第632条):
Webサイトという「成果物の完成」に対して報酬が支払われる部分です。
たとえば、 デザインやコーディングなど、目に見える完成品を納品する作業が該当します。
この契約形態では、納品物に不具合があった場合、制作会社は瑕疵担保責任(現行民法では契約不適合責任)を負います。
つまり、契約内容に合致しない場合に、修補や損害賠償の責任を負うことになります。
準委任契約(民法第656条):
運用・保守サービスや、市場調査・コンサルティングなど、「業務遂行そのもの」に対して報酬が支払われる部分です。
この場合、制作会社は結果ではなく、善良な管理者としての注意義務をもって業務を行うことが求められます。
契約書でこの二つの側面を明確に分けておくことで、どの作業でどのような責任が発生するのかがはっきりし、トラブルを未然に防ぐことができます。
(2)最も重要な「知的財産権」の取り扱い
Web制作契約で最も紛争になりやすいのが、 納品されたWebサイトの知的財産権(著作権)の帰属です。
◆著作権法の基本: Webサイトを構成するコード、デザイン、オリジナル画像や文章は、すべて著作物であり、これらには著作権(著作権法第2条)が発生します。
◆権利の帰属の原則: 契約書で特段の定めがない限り、著作権は制作した会社(制作者)に帰属するのが原則です。
◆依頼者側の対策: 依頼者がサイトを自由に利用・改変し、将来的に他の制作会社に保守を依頼できるようにするためには、契約書に「制作会社は納品をもって、サイトに関する知的財産権を依頼者に 権利譲渡する」という条項を必ず含めなければなりません。
◆著作者人格権: 著作権が依頼者に譲渡されたとしても、制作者が持つ「著作者人格権」(氏名表示権や同一性保持権など)は譲渡できません。
そのため、契約書では「制作会社は著作者人格権を行使しない」旨を定めることが一般的です。
2.契約書がないことで発生する典型的なトラブル
(1)納品後の修正をめぐるトラブル:「検収」の落とし穴
「納品したはずなのに、依頼者が『イメージと違う』と言っていつまでも代金を支払ってくれない」 これは、Web制作契約で最も多いトラブルの一つです。
原因は、「検収(検査)」の取り決めが曖昧なことにあります。
◆問題の構造
制作会社が成果物を納品しても、契約書に検収期間や合格基準が書かれていないと、依頼者は「まだ合格ではない」として無限に修正を要求し続けることができます。
これにより、プロジェクトが完了せず、制作会社は次の案件に進めず、依頼者は支払い義務を果たさないという泥沼にはまります。
◆法的な解決策
契約書には、必ず「検収期間」と「検収合格の基準(仕様書)」を明確に定めます。
「納品後〇日以内に依頼者は検査を行い、不合格の場合は理由を明記して通知する。期間内に通知がなければ合格とみなす」といった条項を設けることで、プロジェクトの完了時期を確定し、制作会社への支払い時期を明確にすることができます。
(2)追加費用の発生:「言った・言わない」の泥沼
「制作途中で依頼者から口頭で機能追加を頼まれたが、後から追加費用の話で揉めた」 これもまた、契約書が果たせる重要な役割を示す事例です。
◆問題の構造
Web制作は、途中で新しいアイデアが出たり、市場環境が変わったりして、当初の「仕様書」から変更が生じやすいものです。
口頭での依頼や確認だけで作業を進めてしまうと、「あれは無料の範囲だと思っていた」「そんな機能は頼んでいない」といった「言った・言わない」の紛争に発展します。
◆契約書の機能
このトラブルを避けるためには、「仕様変更の手続き(チェンジ・リクエスト)」条項を定めます。
「当初の仕様書から変更を加える場合は、必ず書面(メール、専用ツールでも可)で手続きを踏み、追加費用や納期延長の有無について、両者が事前に合意しなければならない」と定めておくことで、口頭での認識のズレを防ぎ、費用の透明性を確保できます。
3.実務でチェックすべき5項目
最後に、弁護士として契約書をチェックする際に特に着目する実務的なポイントを5つご紹介します。
チェックポイント1:納期とスケジュール
最終納品日だけでなく、依頼者が素材(原稿、写真、ロゴデータなど)を制作会社に提供する納期を必ず明記しましょう。
依頼者側の素材提供遅延が原因で全体の納期が遅れた場合の取り扱いについても、契約書や別紙に定めておくことが肝心です。
チェックポイント2:費用と支払い条件
支払いタイミングは、着手金、中間金、そして残金(検収完了後)に分けるのが一般的です。
特に、「 検収が合格した日」と「 残金の支払い期限」を連動させることで、制作会社は確実に報酬を得られ、依頼者は完成品の品質を確認してから代金を支払うという安心感が生まれます。
チェックポイント3:再委託の可否
制作会社がデザインや特定の機能実装を外部のフリーランスや協力会社に再委託する場合、 依頼者への通知義務や、事前の書面による承諾を求める規定があるかを確認しましょう。
再委託した場合でも、再委託先の行為について最終的な責任は元の制作会社が負うことを明確にしておく必要があります。
チェックポイント4:納品物の範囲
完成したWebサイト(ブラウザで見られるHTMLファイルなど)だけでなく、デザインデータ(PhotoshopやIllustratorの元ファイル)や、プログラムのソースコード(改修時に必要となるデータ)が納品物に含まれるか否かを明確に定めます。
これらがなければ、将来的に他の業者に保守を頼む際に、高額な費用が発生する原因となります。
チェックポイント5:保証と免責
制作会社は、納品した制作物が 第三者の著作権やその他の知的財産権を侵害していないことを依頼者に対して保証する条項が必要です(依頼者側が提供した素材を除く)。
また、サーバーダウンや天災など、当事者の責任ではない不可抗力による損害については、両当事者が責任を負わないとする免責条項も一般的です。
4.安心安全なデジタル取引のために
Webサイトの制作委託契約書は、単に法律的な条文を並べたものではなく、 プロジェクト開始前に両者の期待値をすり合わせる「コミュニケーションツール」だと捉えるべきです。
この契約書を通じて、両者が「何を作るのか」「いつまでに作るのか」「費用はいくらで、誰が何をするのか」を紙の上で共有し、理解し合うことが、プロジェクト成功の鍵となります。
弁護士からのアドバイス:
1.仕様書を契約書と同じくらい重視する: 契約の根幹となるのは、具体的な成果を示す「仕様書」です。
「何を作るか」が明確でなければ、どんなに厳格な契約書も機能しません。
2.知的財産権の帰属は必ず確認する: 特に企業にとって、Webサイトは重要な資産です。
将来の改修やリニューアルの自由度を確保するため、権利譲渡の条項は必ずチェックし、 自社に権利が帰属するようにしてください。
今後、Web制作の世界はさらに進化し、AI生成コンテンツの利用に伴う著作権の新たな問題や、SaaSのように利用期間に応じたライセンス型契約との境界線など、法的な論点は常にアップデートされていきます。
契約書の理解を深めることが、安心安全なデジタル取引を実現する第一歩となるでしょう。
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