弁護士法人PRO | 人事 労務問題 中小企業法務 顧問弁護士 愛知 名古屋 | 伊藤 法律事務所
弁護士コラム
Column
Column
公開日:2020.9.24
人事・労務副業・兼業の労働時間管理
弁護士の伊藤崇です。
早いもので新型コロナウィルスの緊急事態宣言発令からもう少しで半年が過ぎようとしています。マスクの着用はもはや日常になりましたし、フェイスマスクも見慣れてきました。日常生活に生じた変化が新しい日常として定着しつつあるように感じます。
契約や働き方の分野においても同様で、ハンコ文化の見直しやテレワークの普及、営業時間や勤務時間の短縮化が進みました。これまで残業時間であった時間がそうではなくなる、あるいは通勤時間として使っていた時間が自由になる、という変化が生じています。
今後はそうした余剰時間を利用して副業をするといったことがスタンダードになるかもしれません。
令和2年9月に厚労省作成の【副業・兼業の促進に関するガイドライン】(以下、本稿では「ガイドライン」と言います)が改定されました。注目すべきは、副業・兼業をする場合の労働時間管理について様々な言及がなされたこと、特に新ルール「管理モデル」が提言されたことです。
今回は、副業・兼業の労働時間管理について取り上げたいと思います。
なお、副業・兼業は、「一般的に収入を得るために携わる本業以外の仕事」と定義されており(中小企業庁:兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する調査事業 研究会提言(平成29年3月)、副業と兼業の明確な使い分けはされていません。そこで、以下では副業・兼業を単に「副業」と表記しています。
1.副業の現状と今後
多くの企業では就業規則で職務専念義務が定められ、副業が禁止されているのではないでしょうか。日本商工会議所の調査でも副業を認めていない企業が7割を超えています。
では、副業に関する裁判例がどうなっているかを確認すると、裁判所の考え方としては、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、各企業においてそれを制限することが許されるのは、例えば、以下の4つの要件のいずれかに該当する場合とされています。
このような裁判所の考え方も踏まえて厚労省が公表しているモデル就業規則においても、一定の制約は課されるものの労働者は勤務時間外において副業をすることができる旨が規定されています。
ガイドラインにおいても企業に求められる対応の基本的な考え方として、「裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である。」とされています。
この方向性に直ちに対応できる企業(特に中小企業において)がどこまであるか、というと疑問です。
ですが、日本の労働力人口の減少を考えると、1人の労働者が複数の企業の働き手になることは避けられないように思いますし、多様なキャリア形成や収入増加を希望する働き手は今後ますます増えていくように思います。
ですから、「今すぐ」ではないにしても「そう遠くない将来までには」副業に対応していく必要があるように感じます。
2.副業・兼業の労働時間管理
例えば、企業Aに勤務していた甲社員が、企業Bで副業をする、とします。
雇用契約締結の先後は、企業Aが先、企業Bが後、だったとします。
甲社員は、企業Aにおいても勤務し、企業Bにおいても勤務するわけですから、甲社員の労働時間の管理や割増賃金の支払についてどのようにしたらよいか?という疑問が湧いてきます。
労働時間は、事業場を異にする場合においても労働時間に関する規定の適用については通算するとされており(労基法38条1項)、事業主を異にする場合も労働時間を通算することとされています。
ですから、甲社員が企業Aにおいて8時間勤務し、同じ日に企業Bにおいて2時間勤務した場合、その日の甲社員の労働時間は8時間+2時間=10時間と考えるというわけです。
そして、この通算した時間をベースに、時間外労働時間の上限規制(時間外労働時間+休日労働時間が単月100時間未満、複数月平均80時間以内)や割増賃金の規定が適用されることになります。
これに対して、休憩や休日、有給休暇、健康確保措置(健康診断、長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェック等)といった規定については労働時間を通算する必要はありません。ですから、例えば企業A、企業Bにおいては休憩時間を考慮するときには自社での労働時間のみを基準に休憩時間を決定すればよいということです。
甲社員が企業Aにおいて8時間勤務し、同じ日に企業Bにおいて2時間勤務した場合、その日の甲社員の労働時間は8時間+2時間=10時間と考えますので、企業Aにおける労働時間8時間は法定労働時間内に収まっており割増賃金の支払義務はありません。企業Bにおける労働時間は1日8時間という法定労働時間を超過していますので2時間分すべてが時間外労働になり企業Bにおいて割増賃金の支払義務が生じます。
では、企業A・企業Bは、どのようにして他の勤務先(企業Aでいえば企業Bにおける労働時間)における労働時間を把握することになるのでしょうか。
ガイドラインにおいては、副業をする労働者からの自己申告によって把握する、とされています。
また、その頻度については、必ずしも日々把握する必要はなく、労基法を遵守するために必要な頻度で把握すれば足りる、とされており、一定日数分をまとめて申告させることが認められています。但し、時間外労働時間の上限規制は1か月単位で設定されていますから他の勤務先における労働時間の把握の頻度は1か月を超えることは許されないと考えられます。
設例を1日に限定し、かつ、単純化するとなんとか理解できますが、実際はここまで単純ではないでしょう。法定労働時間は1日8時間だけではなく1週40時間という規制もかけられますし、1か月あたりの勤務日は1日だけではなく20日前後であることが通常で、副業をする日が多くなればなるほど労働時間管理の手間は増えていきます。
こうした労働時間管理の煩わしさが企業が副業に積極的になれない要因の一つになっているように思います。
そのため、ガイドラインにおいても労働時間の管理の負担軽減になる簡便な労働時間管理の方法【管理モデル】が提言されています。
3.副業・兼業の労働時間管理方法 【管理モデル】とは
ガイドライン記載の管理モデルを整理すると以下のようになります。
① 副業の開始前に、企業A(甲社員と先に雇用契約を締結)における法定外労働 時間と企業B(企業Aよりも後に雇用契約を締結)における労働時間(※1)とを合計した時間数が単月100時間未満、複数月平均80時間以内となる範囲内において、企業Aと企業Bの労働時間の上限をそれぞれ設定し、各企業がそれぞれの範囲内で労働させることとする。
例えば、以下のようにすることが考えられます。
甲社員の副業開始前に
企業Aにおける法定外労働時間+企業Bにおける労働時間=単月80時間(※2)
企業Aは自社における単月の法定外労働時間の上限を40時間に設定する。(※3)
企業Bは自社における労働時間を30時間に設定する。(※3、※4)
※1 企業Bにおいては、所定労働時間+所定外労働時間、とされているところ に注意が必要です。
※2 企業Aにおける法定外労働時間+企業Bにおける労働時間は単月では100時間未満が上限ですが、複数月平均で80時間以内にすることも求められますので、単月80時間を上限にしておくと複数月平均の調整をする必要がなくなります。
※3 企業A、企業Bにおいて36協定の延長時間の範囲内とする必要があります。
※4 雇用契約締結の先後からして、企業Aが法定外労働時間数を先に設定しているでしょうから、企業Bはそれを踏まえて自社における労働時間を設定することになります。
② 企業Aは甲社員が企業Aにおいてした法定外労働時間の労働について割増賃金を支払う。
企業Bは甲社員が企業Bにおいてした労働時間(※5)の労働について割増賃金を支払う。
※5 企業Bにおいては企業Bにおける労働時間すべてについて割増賃金の支払対象になることに注意が必要です。
③ ①、②により企業A、企業Bは、副業の開始後においては、それぞれあらかじめ設定した労働時間の範囲内で労働させる限り、他の企業における実労働時間の把握を要することなく労基法を遵守することが可能になる。
④ 企業は、上記①から③を意識して、あらかじめ自社の管理モデルを策定しておくのが望ましい。企業Aが甲社員から副業の希望を受けた場合には、企業Aは甲社員に対して自社の管理モデルにより副業を行うことを求め、甲社員と企業Bがこれに応じることによって甲社員の副業が開始される。
なお、企業Bに対する申し入れについては甲社員を通じて行う。
⑤ 管理モデルを導入した企業A、企業Bが、あらかじめ設定した労働時間の範囲を逸脱して労働させたことによって、時間外労働の上限規制を超えるなどの労基法に抵触した状態が発生した場合には、当該逸脱して労働させた使用者が、労働時間通算に関する法違反を問われ得ることになる。
4.副業・兼業の場合に労働時間の通算が必要になる者の範囲は
以上、副業の場合の労働時間管理と管理モデルについて概要を申し上げてきましたが、労働時間の通算が必要になる者は、「労基法に定められた労働時間規制が適用される労働者」に限られており、以下のいずれかに該当する場合には労働時間は通算されません。
例えばⅰ企業Aにおいて管理監督者にあたる社員が企業Bにおいて副業をするような場合や、ⅱ企業Aにおいて正社員である者が企業Bから個人事業主として業務委託を受けるような場合には労働時間の通算は不要であり、管理モデルを適用する必要もありません。
但し、労働時間の通算が不要というだけで、企業Aに無断で副業ができるとまで考えるのは行き過ぎでしょう。上記社員が企業Bにおいて副業をしようとする場合には企業Aへの事前届出は必要と考えます。
また、上記ⅰのケースであっても企業Aは社員に対して安全配慮義務を負っていますので、当該社員の健康状態に配慮する必要は生じ、場合によっては企業Bにおける勤務状況を把握する必要も生じるでしょう。
上記ⅱのケースも、企業Bが副業による労働時間通算を潜脱するために実態は雇用契約であるにもかかわらず業務委託のように装った場合には労働時間が通算されることになり労基法違反に問われ得る場合があるように思います。
以上
オンライン会議・
チャット相談について
まずはお気軽に、お電話またはフォームよりお問い合わせください。