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弁護士コラム
Column
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公開日:2020.10.30
人事・労務同一労働同一賃金に関する最高裁判例<大阪医科大学事件・メトロコマース事件・日本郵便事件>
弁護士の伊藤崇です。
【同一労働同一賃金】に関して、企業の労務管理にたいへん大きな影響を与える最高裁判決が複数下されています。
前回に続き、「大阪医科大学事件」・「メトロコマース事件」・「日本郵便事件」に関する最高裁の判断の概要をお伝えします。
1.【同一労働同一賃金】の概要
同一企業内において、正社員と非正規社員(短時間労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)との間で、基本給、賞与、各種手当、福利厚生、教育訓練などのあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けることが禁止されること です。
①職務内容(業務内容と責任程度)、②職務内容や配置の変更の範囲、が正社員と同一であれば待遇の差別的取扱を禁止する「均等待遇」、
①と②が正社員と異なる場合には、①、②の違いの程度や③その他の事情も考慮して、不合理な待遇差を禁止する「均衡待遇」の2種類から構成されます。
短時間労働者・有期雇用労働者についての同一労働同一賃金ルールは、大企業についてのみ施行済みであり、中小企業については2021年4月1日から施行されます。
派遣労働者についての同一労働同一賃金ルールは、大企業・中小企業ともに施行済みです。
【同一労働同一賃金】に関する法令としては、
パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条や労働者派遣法第30条の3が挙げられます。
2.各事件の概要
(1)大阪医科大学事件
大阪医科大学(現在:大阪医科薬科大学)を運営する学校法人に勤務していたフルタイムのアルバイト職員が学校法人を提訴した事案で、
正職員に支給される賞与と私傷病による欠勤中の賃金がアルバイト職員に支給されないことは労働契約法第20条(当時)に違反する不合理なものであるとして損害賠償を請求した事案です。
問題視された待遇は、【賞与】と【私傷病による欠勤中の賃金】です。
2審高裁判決では【賞与】【私傷病による欠勤中の賃金】の双方についてアルバイト職員に不支給とすることは不合理な格差であると判断していました。
(2)メトロコマース事件
メトロコマース社(東京メトロの完全子会社で東京メトロ駅構内の売店業務等を主な業務内容とする)に勤務し同社を定年退職(※)した契約社員がメトロコマース社を提訴した事案で、
正社員に支給される退職金が契約社員に支給されないことは労働契約法第20条(当時)に違反する不合理なものであるとして損害賠償を請求した事案です。
問題視された待遇は、【退職金】です。
2審高裁判決では【退職金】について契約社員に不支給とすることは不合理な格差であると判断していました。
※メトロコマース社では、就業規則上、契約社員についても契約更新の上限年齢という趣旨の定年(65歳)が定められていました。
(3)日本郵便事件
日本郵便で勤務し、また、勤務していた契約社員が日本郵便を提訴した事案で、
年末年始勤務手当、年始期間の祝日給、扶養手当、夏期冬期休暇、私傷病による病気休暇等について正社員と契約社員間の相違があることは労働契約法第20条(当時)に違反する不合理なものであるとして損害賠償等を請求した事案です。
日本郵便事件は3つの事件に分かれており、3つの事件について最高裁判決が下されています。
問題視された待遇は、【年末年始勤務手当】、【年始期間の祝日給】【扶養手当】【私傷病による病気休暇】【夏期冬期休暇】などです。
【扶養手当】が争われた事案の2審高裁判決では【扶養手当】について正社員と契約社員で格差を設けることは不合理とは言えない、と判断されていました。
また、【年末年始勤務手当】については2つの事件で争われていますが、2審高裁判決で判断が分かれており、一方は【年末年始勤務手当】について正社員と契約社員で格差を設けることは不合理であると判断したのに対し、
別の2審高裁判決では通算雇用期間が5年を超える契約社員については不合理な格差であるとしたものの、通算雇用期間が5年を超えない契約社員については不合理ではないと判断していました。
3.各事件で示された最高裁判断
(1)大阪医科大学事件
【賞与】【私傷病による欠勤中の賃金】の双方について、正社員にはこれらを支給する一方で、アルバイト社員にはこれらを支給しないことは不合理ではない、と判断されました。
判断過程は、詳細な事実認定(事務職員の種類、種類ごとの人数、種類ごとの業務内容や責任の程度、配置変更の可能性、上級職への登用制度や原告社員の実際の業務内容、正社員とアルバイト社員との収入面の待遇差等)を踏まえた上で、
【賞与】【私傷病による欠勤中の賃金】の性質と支給目的を認定し、労働契約法第20条の3要件(①職務内容、②職務内容と配置の変更範囲、③その他の事情)を1つずつ検討するという判断過程を経ています。
【賞与】については、その性質を学校法人の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認定し、支給の目的は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどのものである、と認定されています。
その上で、正社員とアルバイト社員の①職務内容、②職務内容と配置の変更範囲には一定の相違があり、③その他の事情も考慮すると、賞与の性質が上記のようなものであったとしても、賞与の支給に関する労働条件の相違は不合理ではない、と判断されました。
【私傷病による欠勤中の賃金】については、支給の目的は、正社員が長期にわたり継続して就労し、将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正社員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保することと認定されています。
その上で、賞与と同様の判断過程を経るとともに、アルバイト社員は長期雇用を前提とした勤務を予定しているとは言い難いと認定し、この点もあわせて考慮して、私傷病による欠勤中の賃金に関する労働条件の相違は不合理ではない、と判断されました。
日本郵便事件では似たような手当に【病気休暇】がありますが、日本郵便事件の契約社員は継続勤務が見込まれると認定されたのに対して、大阪医科大学事件のアルバイト社員は長期雇用を前提とした勤務は予定されていないと認定された点で、結論に差が出たものと思われます。
また、労働契約法第20条の3要件の検討にあたって原告との比較対象とされたのが正社員一般ではなく、原告と業務内容がもっとも近似している正社員であったということです。この点については自社の労務管理において注意を要する必要があります。
(2)メトロコマース事件
【退職金】について、正社員には退職金を支給する一方で、契約社員には退職金を支給しないことは不合理ではない、と判断されました。
判断過程は、大阪医科大学事件と類似しており、詳細な事実認定を踏まえた上で、【退職金】の性質と支給目的を認定し、労働契約法第20条の3要件(①職務内容、②職務内容と配置の変更範囲、③その他の事情)を1つずつ検討するという判断過程を経ています。
退職金の性質は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものと認定し、支給目的は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどのもの、と認定されています。
その上で、正社員と契約社員の①職務内容、②職務内容と配置の変更範囲には一定の相違があり、③その他の事情も考慮すると、契約社員の有期契約が原則として更新するものとされるとともに65歳の定年制の定めがあり短期雇用を前提としたものとは言えないことを考慮しても退職金の支給に関する労働条件の相違は不合理ではない、と判断されました。
メトロコマース事件では、裁判官1人から反対意見が、裁判官2人から補足意見が出されています。
反対意見では、退職金の性質の一部である功労報償については契約社員にも当てはまり、売店業務に従事する正社員と契約社員の①職務内容や②職務内容と配置の変更範囲には大きな相違がないことからすれば、正社員には退職金を支給し、契約社員には一切退職金を支給しないとすることは不合理であるとされています。
但し、退職金の金額については、退職金支給目的や退職金制度の構築に関する使用者の裁量を尊重すべきであること等からして、正社員と契約社員間で相違を設けることは不合理とまでは言えない、としています。
最高裁の判断で意見が割れるということは珍しいことであり、それだけ判断が難しい問題であると言えます。
(3)日本郵便事件
【年末年始勤務手当】、【年始期間の祝日給】、【扶養手当】、【私傷病による病気休暇】、【夏期冬期休暇】のいずれについても、正社員に対してこれらを支給ないしは認めるのに、契約社員に対してこれらを支給しない、あるいは、認めないのは不合理であり労働契約法第20条に違反する、と判断されました。
判断過程は、上記2事件と類似しており、正社員と契約社員等に関する事実認定を踏まえた上で、上記各手当の性質と支給目的を認定し、労働契約法第20条の3要件(①職務内容、②職務内容と配置の変更範囲、③その他の事情)を検討するという判断過程を経ています。
争われた各手当のうち、【年末年始勤務手当】、【年始期間の祝日給】については、これらの手当が年末年始の勤務や年始期間の勤務に対して支給されるという性質を有するとした上で、これら手当を支給することとした趣旨は同じく勤務した契約社員にも当てはまるから、正社員と契約社員間で職務内容等に相違があることを考慮しても、正社員と契約社員間で上記手当に関して待遇格差があることは不合理であるとされています。
また、【扶養手当】、【私傷病による病気休暇】、【夏期冬期休暇】については、これらの制度の目的が、正社員の継続的雇用の確保(扶養手当、私傷病による病気休暇)ないしは労働から離れる機会を与えることによる心身の回復を図ること(夏期冬期休暇)にあるとした上で、契約社員についても相応の継続的勤務が見込まれることからすると上記制度の目的は契約社員にも当てはまるから、正社員と契約社員間で職務内容等に相違があることを考慮しても、正社員と契約社員間で上記手当に関して待遇格差があることは不合理であるとされています。
4.企業の労務管理に与える影響について
今回の3件の最高裁判例を踏まえると、企業の労務管理においては以下の事項を意識していく必要があると考えます。
(1)職能給と職務給を意識した賃金体系の設計・見直し
賞与と退職金については正社員と非正規社員間で待遇格差が不合理とはされませんでした。大阪医科大学事件判決もメトロコマース事件判決においても、賞与・退職金が基本給をベースに算定されており、基本給が職能給の性質を有することが指摘されています。
職能給は個人の職務遂行能力を評価基準とする日本の従来型の賃金体系であり、年功序列・終身雇用に馴染みやすいものです。
そこでは、将来の中核的人材にするために育成や配置転換を通じた経験を積ませ、長く継続して企業で勤務してもらうことが前提となっています。こうした職能給は、同じ労働をしたら同じ賃金手当を支払うべき、という同一労働同一賃金の考えには馴染みにくいと言えます。
他方で、日本郵便事件における年末年始勤務手当が典型ですが、業務内容に対して支給される性質の手当については正社員と非正規社員間で待遇格差を設けると不合理と判断される傾向が強いと言えます。これは当該手当が職務給の性質を有するからであると考えます。
職務給は職務の内容等を評価基準とする賃金体系であり、成果主義に馴染みやすいものです。
この職務給は、職務の内容やその成果に対して賃金が支払われるものですから、契約の形態に関係なく同じ労働をしたら同じ賃金手当を支払うべき、あるいは、時間は短時間だが従事している労働は同じなのだから時間数の差に応じた賃金手当を支払うべき、という同一労働同一賃金の考えに馴染みやすいのです。
自社の賃金体系を設計・見直すうえで、基本給・賞与・各手当が、職能給をベースにしているのか、職務給をベースにしているのか、を区別することは必須になるでしょう。
(2)非正規社員の継続雇用を予定しているか。実体はどうか。
私傷病による欠勤中の手当に関する正社員と非正規社員間の待遇格差について大阪医科大学事件判決では待遇格差は不合理ではないとし、日本郵便事件判決では待遇格差が不合理であるとされました。
手当の内容自体は似通っており、手当を支給する目的は正社員の継続的雇用の確保と認定されました。
両事件の判断が正反対になった理由は、非正規社員の継続勤務が見込まれるか否か、にあります。両事件の非正規社員は契約期間の定めがある点、契約期間の長さ、契約に更新があるという点(言い換えれば更新されないということもある点)は似通っています。
こうした契約上の定めや就業規則の定めといった形式的な判断をするのではなく、さらに踏み込んで実際上継続勤務が見込まれるのか、そうではないのか、が認定され、結論の違いが生じています。
自社における非正規社員について、実際上、契約の更新が重ねられ継続雇用が慣習化しているのかどうかを意識したうえで、継続雇用の確保を目的とする手当について不合理な格差が生じていないかどうかをチェックする必要があります。
(3)非正規社員から正社員への登用制度の導入の検討
大阪医科大学事件、メトロコマース事件の双方とも労働契約法第20条の3要件の一つである③その他の事情として、非正規社員から正社員への登用制度が存在すること、その制度の内容や登用制度の運用の実際があげられています。
特に職能給をベースにした賃金手当の待遇差を設ける場合には、非正規社員から正社員への登用制度の有無や制度内容(試験によって登用の結果が決まるなど本人の能力や努力によるものか否か)を検討する必要があるものと考えます。
(4)業務内容が異なる正社員が複数存在する場合
自社に業務内容が異なる正社員が複数存在する場合、正社員と非正規社員の待遇差が不合理か否かを検討する際には検討対象の非正規社員と業務内容が最も近似した正社員と比較する必要があります。
大阪医科大学事件においても原告となったアルバイト社員との比較対象になった正社員は原告と同じ業務内容の教室事務員の正社員でした。同様にメトロコマース事件においても比較対象になった正社員は売店業務に従事する正社員でした。
どうしても待遇差を肯定したいがために、業務内容が重要かつ広範で、責任の程度も重い正社員を比較対象に選定しがちですが、結果としてそれが同一労働同一賃金違反を引き起こす一つの原因になってしまうのです。
以上
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