弁護士法人PRO | 人事 労務問題 中小企業法務 顧問弁護士 愛知 名古屋 | 伊藤 法律事務所
弁護士コラム
Column
Column
公開日:2024.3.21
人事・労務令和5年11月公表の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
弁護士法人PROの弁護士の伊藤崇です。
2023年(令和5年)11月29日、内閣官房と公正取引委員会が連名で、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表しました。
労務費=人件費の価格転嫁・値上げは中小企業にとって人材採用・定着のために重要かつ必要な事項です。
今回の指針は労務費(人件費)の価格転嫁を強力に後押しする内容になっています。
ここでは、同指針の概要について解説していきますので、是非、ご覧いただき、貴社の価格転嫁に役立てていただけますと幸いです。
1.毎年3月と9月は「価格交渉促進月間」
エネルギー価格や原材料費、労務費などが上昇する中で、中小企業が適切に価格転嫁しやすい環境を整えるために、2021年9月から、毎年3月と9月は「
価格交渉促進月間」とされています。
急激な物価上昇を乗り越え、持続的・構造的な賃上げを実現するためには、中小企業がその原資を確保できる取引環境を整備する必要があります。
その取引環境の整備の一環として、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が公表されています。
2.「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」とは?
2023年11月29日に公表された「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストのうち、労務費の転嫁に係る価格交渉に関するガイドラインを示しています。
同指針は、労務費転嫁に係る価格交渉における、発注者及び受注者それぞれが採るべき行動・求められる行動を12の行動指針として取りまとめています。
また、それぞれの行動指針に該当する労務費の適切な転嫁に向けた取組事例や、受注者が用いている根拠資料や取組内容を取り上げていますので、以下で詳しく解説していきます。
特に発注者側に求められる行動③「説明・資料を求める場合は公表資料とすること」が非常に重要です。
是非、ご確認下さい。
(1)発注者としてとるべき行動・求められる行動
価格交渉における発注者の行動指針は以下のようなものです。
① 本社(経営トップ)の関与
労務費の上昇分について、取引価格への転嫁を受け入れる方針を具体的に経営トップにまであげて決定することが求められています。
経営のトップが同方針やその要旨などを、書面などの形に残る方法で社内外に示すことや、その後の取り組み状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じて経営トップが更なる対応方針を示すが求められています。
例えば、「パートナーシップ構築宣言」の中に経営トップの判断として労務費転嫁に自社の取り組み方針を盛り込むことが考えられます。
② 発注者側からの定期的な協議の実施
受注者から労務費の上昇分にかかる取引価格の引き上げを求められていなくても、業績の慣行に応じて定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設ける必要があります。
特に、長年価格が据え置かれてきた取引やスポット取引と称して、長年同じ価格で更新されているような取引においては協議する必要があります。
協議することなく長年価格を据え置いたり、スポット取引であることを理由に協議することなく価格を据え置いたりしていると、独占禁止法の「優越的地位の濫用」や下請代金法の「買いたたき」として問題になる可能性があります。
③ 説明・資料を求める場合は公表資料とすること
発注者が受注者に対し、労務費上昇の理由の説明や根拠資料を求める場合には、公表資料に基づくものとすることが求められています。
また、発注者は受注者から当該公表資料に基づいて提示された額は合理性を有するものとして尊重する必要があります。
仮に発注者がこれを満額受け入れない場合には、その根拠や合理的な理由を説明する必要があります。
簡単に言えば、受注者側の労務費が実際に上がっているか否か、実際の労務費の上昇額や上昇率に関わりなく、最低賃金のような厚生労働省の統計資料から大まかな傾向が確認できれば、受注者側は値上げ要請ができる、発注者側もそれを受け入れるよう尊重しなければならない、ということです。
受注側の中小企業としては、商品・サービスの値上げをしてから労務費(人件費)を増額したい、と考えるのが通常かと思います。
自社の労務費が実際に上がっていないと値上げ交渉ができない、となってしまうと、値上げ交渉に失敗した場合を恐れて労務費を上げることができなくなってしまいます。
また、自社の人件費の金額や推移を他社に知られたくない、と考える企業も多くおられるであろうと思います。
そのため、今回の指針では、
①受注側の労務費が実際に上がっていなかったとしても、人件費に関する世間相場が上昇傾向にあれば、商品・サービスの値上げ要請をできる
②発注者に値上げを求める場合の根拠資料は自社の内部資料ではなく公表資料を用いることでよい、としています。
【公表資料】の例として、同指針は以下のものを挙げています。
また、同指針では、具体的な値上げ額の計算方法についても複数例示しており、その中で汎用性が高いと思われるものを以下に取り上げます。
計算方法1(自社の実数値で計算)
【受注者の労務費の上昇総額 × 受注者の売上に占める発注者の取引シェア = 引上額】
例:従業員50名 平均年収500万円 昨年の労務費実数値は25,000万円
昨対比5%の賃上げを実施 → 本年の労務費は昨対比1,250万円上昇
当該発注者の取引シェアは20%
1,250万円×20%=250万円 → 想定年間取引額に250万円を加算
計算方法2(公表資料で計算)
【受注者の労務費の上昇率 × 受注者の売上高労務比率 = 引上率】
例:愛知県の最低賃金の上昇率 4.2%(R4年986円→R5年1,027円 約4.2%上昇)
受注者の対売上高労務比率(商品・サービス単価に占める労務比率)が50%
既存の商品単価 @1,000円
4.2%×50%×1,000円=21円(商品単価の引上額)
④ サプライチェーン全体でも適切な価格転嫁を行うこと
労務費をはじめとする価格転嫁にかかる交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させる必要があります。
⑤ 要請があれば協議のテーブルにつくこと
受注者から労務費の上昇を理由に取引価格の引き上げを求められた場合には、協議のテーブルにつくことが求められます。
労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引の停止など不利益な取扱いをしてはなりません。
⑥ 必要に応じて考え方を提案すること
受注者からの申し入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じて労務費上昇分の価格転嫁にかかる考え方を提案する必要があります。
(2)受注者としてとるべき行動・求められる行動
価格交渉における発注者の行動指針は以下のようなものです。
① 相談窓口の活用
まず受注者には、労務費上昇分の価格転嫁の交渉の仕方について、国・地方公共団体の相談窓口、中小企業の支援機関(全国の商工会議所や商工会など)の相談窓口等に相談するなどして積極的に情報を収集して交渉に臨むことが求められます。
② 根拠とする資料
発注者との関係で何らかの根拠資料を示す必要がある場合には、関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる【公表資料】(発注者としてとるべき行動③参照)を用いる必要があります。
③ 賃上げ要請のタイミング
労務費上昇分の価格転嫁の交渉は、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など、定期的に行われる発注者との価格交渉のタイミング、発注者の業務の繁忙期など受注者の交渉力が比較的優位なタイミングなどの機会を活用して行うことが求められます。
④ 発注者から価格を提示されるのを待たずに自ら希望する額を提示
発注者から価格を提示されるのを待たずに受注者側からも希望する価格を発注者に提示するようにしましょう。
発注者に提示する価格の設定においては、自社の労務費だけではなく、自社の発注先やその先の取引先における労務費も考慮する必要があります。
(3)発注者・受注者の双方がとるべき行動・求められる行動
同指針が発注者と受注者の双方に求めている行動は、以下のとおりです。
① 定期的なコミュニケーション
発注者としては、毎年3月・9月の価格交渉促進月間を利用し、定期的に受注者とのコミュニケーションをとるスキームを用意することが求められています。
また、受注者としても日ごろから積極的に発注者とコミュニケーションをとり、価格転嫁のことを含めて相談しやすい関係を構築しておく必要があります。
② 交渉記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管
価格交渉を行う都度、協議内容を記録し、発注者・受注者双方が確認して残しておくことは、双方の認識のズレを解消し、トラブルを未然に防止するのに役立ちます。
3.終わりに
弊所では、値上げ交渉に関して以下のサービスを提供申し上げております。
是非お気軽にご相談下さい。
以上
オンライン会議・
チャット相談について
まずはお気軽に、お電話またはフォームよりお問い合わせください。