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公開日:2021.3.12
企業法務中小企業のM&A② 株式譲渡
弁護士法人PROの伊藤崇です。
中小企業のM&Aで最も一般的とされる手法がM&A対象会社の株式譲渡です。
今回は、株式譲渡の内容について取り上げています。
1.株式譲渡とは
株式譲渡は、M&A対象会社(以下「対象会社」と言います)の株式を売主(株式保有者)から買主に譲渡することにより、対象会社の支配権を売主から買主に移転させる手法です。
株式会社を念頭において説明をしますが、株式会社の業務執行を行う役員の選任や解任、役員報酬の決定、利益が出た場合の剰余金の配当、会社の基本ルールである定款内容の決定、会社の組織再編(合併、会社分割など)や解散など、およそ株式会社の重要事項の一切は株主総会において決定されるのが原則です。
そして、株主総会は、持株数による多数決によって議事が決定されることが基本ルールですから、株式会社の支配は株式を通じてなされていると言い換えることができます。
この株式が旧保有者(売主)から新保有者(買主)に譲渡されることにより、対象会社の支配権が旧保有者(売主)から新保有者(買主)に移転されることになります。
また、株式譲渡は対象会社の株式が譲渡され、株主構成が変更になるだけです。
対象会社に変更は生じません。
株式譲渡によって対象会社が消滅することはもちろんありませんし、会社名が変わるわけでもありません。
対象会社が保有している財産にも変更は生じませんし、許認可や契約関係についても株式譲渡前同様の状態が維持されるのが原則です。
以上のように、株式譲渡は、対象会社の支配権について売主から買主に移転は生じる一方で、対象会社の運営についての重要事項には変更は生じないことから、使い勝手が良く、中小企業のM&Aで最も頻繁に用いられる手法になっています。
2.適用場面
前述のように、中小企業においてM&Aを検討する際には最初に検討すべき手法になります。
特に、対象会社が許認可ビジネスをしているような場合や有力企業の取引先口座を有している場合、価値の高い知的財産や資産を保有しているような場合には、対象会社には何ら変更は生じさせないまま支配権のみが移転することになるためM&Aの手法として望ましいものと言えます。
3.手続
手続の流れについては、2021年2月5日の弁護士コラム「中小企業のM&A① 手続の概略」でご紹介したものが基本的流れになります。
同手続内の「最終契約」が株式譲渡契約書となり、「基本合意」は最終契約が株式譲渡であることを踏まえた内容になります。
「最終契約」~「クロージング」までの手続については、概要、以下のとおりです。
① 売主による対象会社への株式譲渡承認請求・対象会社での株式譲渡承認決定
※中小企業の株式は譲渡制限株式であることが通常ですから、株式譲渡にあたっては対象会社の譲渡承認機関(株主総会、取締役会など対象会社によって異なります。)による譲渡承認が必要になります。
② 株式譲渡契約書で約定されているクロージング(株式譲渡実行、決済などとも呼ばれます)の前提条件が充足されていることの確認
③ 必要書類(株券発行会社の場合には株券必須)の確認・引き渡し
※対象会社の株式譲渡承認議事録、対象会社の株主名簿、対象会社の代表印、銀行印、通帳などの重要物など
④ 株式譲渡代金の決済
⑤ 対象会社株主名簿の書き換え
⑥ 臨時株主総会・取締役会の開催
※株式譲渡後の新役員及び新代表取締役の選任、必要に応じて対象会社の定款変更など
⑧ 登記申請手続
※株式譲渡後の新役員選任や定款変更をする場合には必要。
4.注意点
M&Aの手法を実施しても対象会社そのものには変更が生じない点で利用しやすい株式譲渡ではありますが、以下のような注意点もあります。
といった点が代表的な注意点です。
株式譲渡をしたからといって対象会社には何ら変更は生じません。
ですから、
①対象会社が負担している負債は株式譲渡に関わらず約定通り返済をする必要があります。
また、
②簿外債務(例えば未払退職金や未払残業代など)が存在する場合、簿外債務であるがゆえに帳簿書類上にはその負債は計上されてきません。ですが、例えば未払残業代については過去に退職した従業員から未払残業代を請求され、敗訴するなどした場合には帳簿書類に計上されていなかったとしてもその金額を支払う必要があります。
これも株式譲渡前後で変わるところはありません。
想定外の負債を被ることになる、これは株式譲渡の主要なリスクの一つです。
また、以前の法制度下では株式会社の設立には最低7名の発起人が必要とされていました。そのため、実質的な経営者・株主は7名のうちの1名ないしは少数名で、その他の発起人は単なる名義貸しという事態も少なからずありました。
名義貸しの状態がその後も払拭されないままに続き、ついには株式譲渡に至った場合には、当事者は株主名簿に記録された株主を売主として取り扱うことになりますが、株式譲渡後に、「株主名簿上の株主は名義貸しであって、実は自分が株主である。」と名乗り出る者が出てくると、株式譲渡の有効性について疑義が生じ、場合によっては裁判沙汰にまで紛争が発展してしまうケースもあります。
また、同族会社で散見されるケースですが、株主名簿に記載されている過去の持株数の変動についてそのような持株数の移転はなかったと株式譲渡後に主張される場合もあります。
こうしたケースは往々にして対象会社の経営者家族間で相続を巡る対立がある場合に生じやすい事象です。この場合も上記の名義貸し同様に株式譲渡の有効性に疑義が生じることになります。
最後に、株式譲渡は通常は対象会社の株式100%が譲渡の対象になります。対象会社株式全部が買主に譲渡されることで買主が対象会社の完全な支配権を取得できるからです。
ところが、対象会社に株主が複数名存在し、そのうちの一部が株式譲渡に反対しているような場合には株式譲渡により100%の支配権を取得することはできなくなります。この場合には譲渡に応じる株主から取得できる株式数によって買主が対象会社支配権をどの程度入手できるかを検討する必要が生じます。
5.注意点に対する対策
⑴ 対象会社の不良資産や簿外債務の対策
まずは、株式譲渡契約締結前にデューデリジェンス(デューデリジェンスの詳細についてはこちらもご覧下さい)を実施し、不良資産や簿外債務の存否を洗い出す必要があります。
デューデリジェンスの結果、不良資産や簿外債務の存在が疑われる場合には、株式譲渡価格に反映させる(多くは譲渡価格の減額を検討することになります。)ことによりリスク調整ができないかを検討します。
また、株式譲渡契約書の表明保証条項に不良資産や簿外債務に関する条項を設け、これに違反する事態が生じた場合の売主の補償条項を設けることでリスクヘッジを図ることも検討すべきでしょう。
また、手法自体の見直しも検討すべきです。不良資産や簿外債務を引き継いでしまうのは株式譲渡という手法を用いているからです。
例えば必要な事業のみを事業譲渡や会社分割で切り出して、分離した事業のみをM&Aの対象にすることで、不良資産や簿外債務の引き継ぎを回避できる場合もあります。
これらによってもリスク回避や軽減を十分に図ることができない場合にはそもそもM&A自体を破談にすることも検討対象に上がってきます。
⑵ 名義株が疑われる・一部の株主が株式譲渡に反対している場合の対策
こうしたケースでは買主が株式譲渡後に対象会社の100%の支配権を有することができないか、その点に疑義が生じることになります。
株式譲渡後の買主の持株比率次第にはなりますが、少数株主の締め出し(スクイーズ・アウト)としての株式併合や当別支配株主による株式売渡請求を行うことで株式譲渡後に100%の支配権を取得することが可能になります。
但し、スクイーズ・アウトをする場合には一定の持株比率を有していないと実施できませんから、株式譲渡段階から、株式譲渡により買い受ける持株数で将来のスクイーズ・アウトが可能になるのか検討をすることになります。
以上
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